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おもしろくてお役にたつタクシー専門情報紙

T君の道草

毎月10日・25日発行

タクシー日本新聞社

編集長の道草

消えたホームページ



24歳から49歳まで25年間お世話になった
タクシー業界の専門情報紙を発行していた株式会社トラモンドのホームページが
このほど抹消されました。

情報紙「トラモンド」は2007年に休刊を宣言して廃刊しておりますが、
本社ビルの賃貸事業は、今日も継続しているようでありました。

トラモンドは筆者が永年勤務した会社であるばかりか
創刊が53年前の1961年であり、
タクシー業界にとっても悲喜こもごもの想い出や
感慨を抱く向きも多いのではないかと思います。

筆者は今日、タクシー専門情報紙「タクシージャパン」を創刊して
10年が経過しておりますが、
トラモンド時代に学んだ糧で何とか社員や社外スタッフに迷惑をかけず、
家族にも悲しい思いをさせずにやってこれたと感じております。

タクシー業界に一時代を築いたトラモンド紙に在籍して
タクシー業界のことはもちろんのこと、報道のあり方や商売のアヤ、
人と人との距離感のとり方、
その他に大きく言えば人としてのあるべき生き方など
多くのことを学ばせてもらいました。

もちろん筆者として受け入れがたい事件や事故もありましたが、
往々にしてどこの社会や企業でも存在する程度のことだったのかもしれません。
それらのことを反面教師にできた部分もあったようにも思えます。

問題は、そのような状況の中で自分はどのように判断し行動したか、
が肝心だということです。
筆者としては、自分なりにその気持ちを心がけて在籍してきたつもりでした。

「月日は百代の過客にして、行かふ年も又旅人也」(奥の細道)
25年間という月日を過ごしたトラモンドのホームページが、
筆者の退社から11年目、休刊宣言から7年目に抹消されたことに
少々の感慨、感傷を覚えた次第であります。
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1000日万歩計

manpo888.jpg

平成23年6月2日は、筆者57歳の誕生日でありました。
その誕生祝に、娘が万歩計をプレゼントしてくれました。
娘は、筆者がよく散歩するという話を聞いていて
買ってくれたのだと思います。

そして6月5日から計測を開始し、
そのデータを記録することにしたのでした。

6月5日の初日は220歩でスタートし、6月6日3949歩、
6月7日1万2832歩・・・・と歩を重ねて、
本年2月28日がちょうど万歩計で計測した日から1000日目となりました。

累計歩数が、1216万8350歩、これを1日平均でみると1万2168歩となります。
1歩あたり60センチとすると、730.1010キロメートルになります。
東京からの直線距離で考えると、西は広島―山口、北は函館―小樽の中間地点ということになります。
1000日間で、結構な距離を歩いたものだと思います。

manpo222.jpg

この万歩計での測定は、いろいろなアクシデントや不測の事態がありました。
例えば、単純な着替えでの持ち出し忘れ、これが1日ありました。
その他にも万歩計を水没させたことや紛失してしまったこと、
電池切れを知らないままだったことなど、延べ11日間計測不能がありました。

さらに万歩計が、実際に歩いた歩数より少なくなる作動異常の日が14日間あり、
15日目には買い換えたことがありました。
いずれも万歩計の表示のみを記録し、見込歩数などは一切記入しないこととしました。

1000日目がちょうど本年2月28日の月末であり、
このブログに取り上げようと考えた次第であります。

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この歩数記録が気になってしまい、歩数の少ない日は遠回りして帰宅したり、
病気や休暇などで歩数が少ないことを補うために、
歩数を稼ぐためにわざわざ遠出の散歩に出かけたこともありました。

ちなみに1日最高歩数は、平成23年9月18日の3万1335歩でした。
60センチ歩幅で計算すると、約18キロ以上歩いたことになります。

娘の誕生日プレゼントのおかげで、
ただの散歩があたかも筆者の生きた足跡のように感じられるのは
ありがたい限りであります。

熱・上・温



さる8月1日夜の話です。
九州出張を終え、帰途の福岡空港で時間があったので
和食レストランで刺身を肴に一杯やりました。

とりあえずのビールの後に、日本酒を注文。
その時の会話です。

筆者「この日本酒は、燗できますか?」
女店員「できます。熱燗ですね」
筆者「熱燗でなく、普通の燗でいいです」
女店員「それは、常温ですか?」
筆者「常温ではなくて、人肌の燗。熱燗は、冬にのむものですよ」
女店員「・・・・。ちょっと待ってください」

男性店員に代わる。

男店員「熱燗ではないのですか?」
筆者「熱燗は熱いでしょう。温(ぬる)燗はぬるい。
その間で上(じょう)燗という人肌の燗のことを言っているのです。わかりますか」
男店員「常温ではないのですね?」
筆者「もういいです。熱燗で・・・。とにかく持ってきてください」
男店員「分かりました」

短気は筆者の悪い癖ですから、日本酒の燗について一応話したのですが、
男女の店員とも私が言っていることをまるで理解しておらず、少々キレました。

しばらくして考えました。
調理場は、おそらく居酒屋にあるような日本酒の一升瓶を差し込む燗が出来る抽入器があって、
それは、自動的に燗と言えば熱燗になるというのかもしれないと。
燗とは元来、お湯の中に銚子を入れて、
その温度を熱燗、上燗、温燗と好みに合わせて調整したものですが、
そのことをここの店員は知らなかったのだな、と思ったのでした。

そういえば最近の傾向は焼酎、ハイボールやビールなどで、
日本酒をあまり呑まなくなっているからなのでしょう。

昔、ビールの後、日本酒、その後ウイスキーの水割りで育った還暦世代としては
少々、さびしい限りであります。
日本酒と言えば、この燗の仕方から、とっくり、銚子、おちょこ、ぐい飲みなど
多様な嗜好に合わせた器や飲み方があって、
極めて日本的な繊細で奥の深い楽しみ方があるのです。

筆者は、それを極めた粋人ではありませんが、
そのような話や人に連れられて行った高級料亭などで
実際にみたりした経験があります。

筆者は正直、お酒を好んでおります。
が、故に焼酎やハイボールを日常的にはやっておりまして、
これは酔いざめがいいからにほかなりません。

おいしいお酒ということでは、やはり日本酒なのですが、
少々過ごすと後がこたえるのであります。
自業自得なのではありますが、やはり味わいより酔いざめの方に気が行ってしまいます。

しかし、刺身や野菜の煮物などの日本食には、
日本酒がぴったりでおいしい。
いつか日本酒が注目を浴びて復活する日が来るのでは、
とひそかに期待しています。
果たしてそうなりますかどうか?

それにしても日本人の日本酒離れは
相当なところまで進んでいるのだなと思った次第です。

私の神田日勝(1)

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6月23日(日曜日)朝9時からNHKテレビ「日曜美術館」で
「“半身の馬”と大地の画家 神田日勝」を特集していました。
最初は何気なく見ていたのですが、
初めて見る神田日勝の絵にくぎ付けになりました。

 田中一村の奄美大島時代の作品とは少し異なる感動でしたが、
作品に生命が宿っているようで、見る者に強いオーラを放ち、
心を揺さぶられました。

番組終了後も感動の余韻が収まらず、
インターネットで作品や人となりなどを、一通り調べました。
そして北海道河東郡鹿追町にある神田日勝記念美術館に、神田日勝の画集や素描集、
それに芥川賞作家の高橋揆一郎氏らが著した書籍など、計6冊を注文したのであります。

郵送されてきた中からまず画集を見ましたが、
テレビで見た以上に感動を新たにしました。
そして最初に手にしたのが、神田日勝の奥さんの書籍で表題が「私の神田日勝」でした。
この書籍は、北海道の開拓農家で厳しい生活、労働の中で神田日勝が
絵を描けるように配慮して奮戦した奥さんが、
神田日勝と暮らした8年6か月を綴ったものです。

一節を引いてみます。

「結婚前に彼が言っていた言葉を。
『僕は世間体と生活するつもりはない。君と生きていきたいんだ』
私はそんな日勝に満足していたが、単なる殺し文句として受け取っていた部分があった。
しかし四年、五年と月日を重ねるほどに彼の大きさと深さがわかり、
それは殺し文句なんかではなく、彼の本音、
一番深い部分から出た言葉のように思えてきた。

そして私は『この人のために何ができるのか』と、
そんなことばかり考えるようになっていた。
だが、結局は私の手助けできることは何もない。
彼は私を選んでくれた。私といっしょに生活したいと言ったのだ。
ということは、私にも一つくらいは役立つことがありそうなものだが、
いくら考えても思い当たらない。

私は考えるのをやめて、たった一つだけ自分にもできそうなことを心に決めた。
よし、こうなったら彼のすべてを受け入れよう。(略)私は開き直りの気持ちで決心した」


その後、奥さんは過酷で厳しい労働に耐えて、
神田日勝の絵を描くことを受け入れ、血のにじむ努力を重ねるのでした。

奥さんは、自らを「無知」だとか「理解力が足りない」などと卑下して書いていますが、
無知な人が自分を無知と言わないばかりか、
理解力がない人も自分に理解力がないことを認識できる能力があるということで、
当を得ていないといえます。

こんな文章を書ける奥さんは、学歴とは無関係でインテリジェンスがあり、
人間味豊かでチャーミングな方と感じました。

神田日勝の絵に感動した後、神田日勝を支えた奥さんの人柄に感激し、
夫婦としてどう生きていくかなど、多くを学ばせてもらいました。

続きは次回。

へそ曲がり



筆者は、いつのころからか分かりませんが、
へそ曲がりな性格を有するようになりました。
ということは、もって生まれた性格ということではなく、
後天的に何らかの出来事があって、そうなったようであります。

で、とにかく人がみんな「右に行こう」と言い出すと
とりあえず「左に行く」、と言ってしまいます。

食べ物一つでも、トリュフ・キャビア・フォグラが世界3大珍味と言いますが、
実際に食べておいしいと感じたのは、フォアグラだけでした。
フォアグラにしても、世界3大珍味の称号はオーバーに感じました。
この部分はへそ曲がりというより、独断と言っていいかもしれません。

このへそ曲がりと独断は、語弊があるかもしれませんが、
いまのジャーナリスティックな仕事に適している面があるようです。

へそ曲がりは、別な言い方をすれば、
いい悪いにかかわりなく付和雷同しない。

独断は、自分が実際に感じたり見たりしたものを基本として、
噂や権威主義的な価値観を無条件で受け入れない、という意味では、
ネガティブというよりポジティブに受け止められるものかもしれません。

タクシー業界の中でトップ紙と評価されている東京交通新聞社のホームページに
報道機関としての「会社方針」が以下の通り掲載されています。
(赤字は筆者による)

1、「特定」に対する迎合主義の排除
2、社会的視点に立脚した批判精神
3、公正かつ正確な報道
4、読者にとって親切・有益・便利な編集

この迎合主義の排除と批判精神は、
言い換えればへそ曲がりと独断に相通じるものがあるように思われます。
という意味で、人に嫌われるへそ曲がりと独断の筆者の性分も
まんざらではないのかもと一人合点している次第であります。

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