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おもしろくてお役にたつタクシー専門情報紙

T君の道草

毎月10日・25日発行

タクシー日本新聞社

編集長の道草

田中一村に出会う旅(2-3)

 さぞやK,M両君は驚くだろうな。奄美大島に行きたいとはいっていたが、本当にこの忙しい師走に行くとは思ってもいないだろう、とニヤニヤして翌朝出社した。そこで件の奄美大島行きを切り出したが、K,M両君とも一瞬、
 「えっ!」
 という表情はしたが、すぐに普段の表情に戻り、平然と何食わぬ顔。いまから北海道だとか、沖縄だとか、新潟だとか、三宅島などなど、急な話をわめき散らしてきた筆者の話である、K、M両君にしても急にどこそこに行くなどは慣れっこ、驚くに足らずといったところ。なんとも普段がモノをいうのであった。

奄美パークと田中一村記念美術館
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田中一村に出会う旅(2-2)

田中一村との出会いは、先述したとおり一昨年の東京駅大丸百貨店の個展であったのだが、その前段がある。というのもこの個展に行くきっかけは、大阪府吹田市に住まいする妻が、新聞かチラシかで田中一村展が大阪市内の百貨店で開催されるのを知って出かけ、感銘を受けたことによる。
 「すばらしい作品ばかり。感激しました。あなたも観にいかれたら」
 と、普段、絵画や音楽、観劇など、およそ芸術、芸能に関して興味がないと思い込んでいた妻からの勧めに驚くとともに、買い込んできたファイルや絵葉書などの一村グッズをみて興味を持ったのが発端であった。
 あれから1年半、いつかは奄美大島に行こうと思っていたのだが、仕事と直接に関係しない旅は、なかなか実行に移せないものだ。それが、12月15日号本紙「タクシージャパン」の編集のヤマが見えてきたある夜。日曜日ではあったが、神保町の事務所で原稿作成を終えて、いつものことではあるが、事務所を後に散歩に出かけた。皇居を半周し有楽町の居酒屋「しろ」でもつ焼きと赤2杯(熱燗)を胃袋に。そして銀座シネパトスで映画を観て、夜の9時過ぎ。いつもなら地下鉄銀座線経由で世田谷区弦巻のマンションに帰るところだが、この夜は帰らなかった。
 それからまた、歩いて神保町の事務所に戻ったのである。銀座との往復約6キロといったところか。パソコンを立ち上げてJALのホームページを開けた。東京・羽田空港から奄美大島に直行便はあるのかな~、なるほど、あるある。行きは羽田空港を朝8時30分発、帰りは奄美大島空港発19時、日帰りが出来るな~、と考えながら、日帰りではあわただしいな~、ということで、出発は12月15日、帰京は翌16日と事務所の予定表に目をやりながら、
 「よっしゃ! 行こう」
 とつぶやき、インターネットでスタッフのK,M両君の分を合わせて3人分の航空券を予約した。もちろんK,M両君には事前に相談しないまま、奄美行きを独断専行で決めてしまった次第。

田中一村記念美術館

田中一村に出会う旅(2-1)

 田中一村記念美術館に入って息を飲んだ。敷地の真ん中に人工池が水を湛え、その中に南の島にある海の上のコテージを連想させる3つの建物が浮かび、その3つに分かれた展示室に田中一村の作品が展示してあったのだ。
 この奄美パークと田中一村記念美術館を設計した株式会社佐藤総合計画によると、「田中一村記念美術館の展示室は奄美の山並みとなじむ『群倉』から成り、建物下の通風確保により空調負荷を低減しながら展示室に適した環境を実現している」という。
 一昨年東京駅にある大丸百貨店で、人ごみごった返す田中一村展に足を運んだ時のことを思い出していた。あの時は、奄美大島に田中一村の常設展示館がありすべての作品を持ち出せない、との注釈があって複製画が展示してあった。田中一村の作品に強く引かれていく自分の中で、いつか複製画ではなく、奄美大島で本物をこの目にしようと心の中でつぶやいていた。
 それが、いま、実現する。胸の高まりは抑えようがなく、受付すぐに入り口にあった「奄美の風」東條新一郎展の展示場を素通りして田中一村展示室に歩を進めた。
 少年時代から南画にその才を発揮していた田中一村だが、やはり強く引かれるのは、50歳から生涯を閉じる69歳までの19年間におよぶ奄美大島での作品に目を見張らされる。この生命力は一体、あの痩身な一村のどこにあるのか。鳥や魚、えび、蝶などの動物は、そこにあるだけでなんと生き生きと鮮やかでいとおしいのだろう。アダン、ダチュラ、ビロウ、ソテツなどの亜熱帯に生息する植物は、色あせない命の息遣いがいまもみずみずしく伝わる。
 中央画壇を離れた田中一村が、なぜ奄美大島を終の棲家として自身の画業を極めようとしたのか。温暖な地ということであれば高知県でも鹿児島県でも沖縄でも良かったのではないか。なぜ奄美大島なのか、そのことを自分なりに探ろうというのが、田中一村の作品に触れることとは別に旅のもう一つの目的であった。後述するが、なぜ奄美大島でなければならなかったのか、その訳を自分なりに納得できたのは、旅の大きな収穫となった。

奄美パークと田中一村記念美術館

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