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T君の道草

毎月10日・25日発行

タクシー日本新聞社

編集長の道草

田中一村に出会う旅(2-1)

 田中一村記念美術館に入って息を飲んだ。敷地の真ん中に人工池が水を湛え、その中に南の島にある海の上のコテージを連想させる3つの建物が浮かび、その3つに分かれた展示室に田中一村の作品が展示してあったのだ。
 この奄美パークと田中一村記念美術館を設計した株式会社佐藤総合計画によると、「田中一村記念美術館の展示室は奄美の山並みとなじむ『群倉』から成り、建物下の通風確保により空調負荷を低減しながら展示室に適した環境を実現している」という。
 一昨年東京駅にある大丸百貨店で、人ごみごった返す田中一村展に足を運んだ時のことを思い出していた。あの時は、奄美大島に田中一村の常設展示館がありすべての作品を持ち出せない、との注釈があって複製画が展示してあった。田中一村の作品に強く引かれていく自分の中で、いつか複製画ではなく、奄美大島で本物をこの目にしようと心の中でつぶやいていた。
 それが、いま、実現する。胸の高まりは抑えようがなく、受付すぐに入り口にあった「奄美の風」東條新一郎展の展示場を素通りして田中一村展示室に歩を進めた。
 少年時代から南画にその才を発揮していた田中一村だが、やはり強く引かれるのは、50歳から生涯を閉じる69歳までの19年間におよぶ奄美大島での作品に目を見張らされる。この生命力は一体、あの痩身な一村のどこにあるのか。鳥や魚、えび、蝶などの動物は、そこにあるだけでなんと生き生きと鮮やかでいとおしいのだろう。アダン、ダチュラ、ビロウ、ソテツなどの亜熱帯に生息する植物は、色あせない命の息遣いがいまもみずみずしく伝わる。
 中央画壇を離れた田中一村が、なぜ奄美大島を終の棲家として自身の画業を極めようとしたのか。温暖な地ということであれば高知県でも鹿児島県でも沖縄でも良かったのではないか。なぜ奄美大島なのか、そのことを自分なりに探ろうというのが、田中一村の作品に触れることとは別に旅のもう一つの目的であった。後述するが、なぜ奄美大島でなければならなかったのか、その訳を自分なりに納得できたのは、旅の大きな収穫となった。

奄美パークと田中一村記念美術館
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