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T君の道草

毎月10日・25日発行

タクシー日本新聞社

編集長の道草

私の神田日勝(1)

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6月23日(日曜日)朝9時からNHKテレビ「日曜美術館」で
「“半身の馬”と大地の画家 神田日勝」を特集していました。
最初は何気なく見ていたのですが、
初めて見る神田日勝の絵にくぎ付けになりました。

 田中一村の奄美大島時代の作品とは少し異なる感動でしたが、
作品に生命が宿っているようで、見る者に強いオーラを放ち、
心を揺さぶられました。

番組終了後も感動の余韻が収まらず、
インターネットで作品や人となりなどを、一通り調べました。
そして北海道河東郡鹿追町にある神田日勝記念美術館に、神田日勝の画集や素描集、
それに芥川賞作家の高橋揆一郎氏らが著した書籍など、計6冊を注文したのであります。

郵送されてきた中からまず画集を見ましたが、
テレビで見た以上に感動を新たにしました。
そして最初に手にしたのが、神田日勝の奥さんの書籍で表題が「私の神田日勝」でした。
この書籍は、北海道の開拓農家で厳しい生活、労働の中で神田日勝が
絵を描けるように配慮して奮戦した奥さんが、
神田日勝と暮らした8年6か月を綴ったものです。

一節を引いてみます。

「結婚前に彼が言っていた言葉を。
『僕は世間体と生活するつもりはない。君と生きていきたいんだ』
私はそんな日勝に満足していたが、単なる殺し文句として受け取っていた部分があった。
しかし四年、五年と月日を重ねるほどに彼の大きさと深さがわかり、
それは殺し文句なんかではなく、彼の本音、
一番深い部分から出た言葉のように思えてきた。

そして私は『この人のために何ができるのか』と、
そんなことばかり考えるようになっていた。
だが、結局は私の手助けできることは何もない。
彼は私を選んでくれた。私といっしょに生活したいと言ったのだ。
ということは、私にも一つくらいは役立つことがありそうなものだが、
いくら考えても思い当たらない。

私は考えるのをやめて、たった一つだけ自分にもできそうなことを心に決めた。
よし、こうなったら彼のすべてを受け入れよう。(略)私は開き直りの気持ちで決心した」


その後、奥さんは過酷で厳しい労働に耐えて、
神田日勝の絵を描くことを受け入れ、血のにじむ努力を重ねるのでした。

奥さんは、自らを「無知」だとか「理解力が足りない」などと卑下して書いていますが、
無知な人が自分を無知と言わないばかりか、
理解力がない人も自分に理解力がないことを認識できる能力があるということで、
当を得ていないといえます。

こんな文章を書ける奥さんは、学歴とは無関係でインテリジェンスがあり、
人間味豊かでチャーミングな方と感じました。

神田日勝の絵に感動した後、神田日勝を支えた奥さんの人柄に感激し、
夫婦としてどう生きていくかなど、多くを学ばせてもらいました。

続きは次回。

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